トランプは大統領選挙で過激な発言をすることで支持率を上げている。「メキシコからの移民は、麻薬の密売人であり、犯罪者で、レイプ常習犯だ。善良なのはほんの握りだ」「すべてのイスラム教徒のアメリカ入国を拒否すべきだ」「ヒラリーを刑務所へ閉じ込めろ」「嫌な女」これらは全てトランプが大統領選で発言した言葉である。汚い言葉で相手を貶し、侮辱する行為は政治家に適しているとは言えない。これらの発言は、メキシコ人移民、イスラム教徒、女性に対する差別やヒラリー候補への個人的な批判は名誉毀損に当たるであろう。だがしかし、問題発言を繰り広げていたトランプが大統領選挙で勝利したことは事実である。有権者の多くはトランプが繰り広げていた過激な発言に共感していたということであろう。そうならば、大統領選でのトランプの言動はこれらを把握した上での計算だったのではないか。おそらくトランプは政治的なマーケティングを用いて有権者が抱いている不信感を察知していたのだと思われる。　　

　昔の政治では、政治家が自らの信念を貫き通し、政策を実現することが美化とされてきた。だがしかし、現在は国民の教育水準が高くなり高度な政策論議も容易となった。国民の多くが政治を考えることとなったことから政治家が信念だけで政治を行うことに意味はなくなった。いかに国民が求めている政策、ニーズに合わせた政治を行うことが重要となる。そういったことからマーケティングを通じて発見し、国民から支持を得られる政策を立案することが必要とされている。トランプが大統領選挙で勝利を収めた要因は二つある。　　

　第一にトランプが共和党の予備選挙で勝利を収めた要因について考察したい。トランプは実業家として実績があるのに対し、共和党の主要候補はみな政治家である。そのため選挙戦略にも違いが現れた。他の共和党候補者は伝統的に共和党を支持してきた地域に重点的に力を入れた選挙戦を展開した。しかしトランプはそのような赤い州に固執することなく、青い州、つまり民主党支持の多い地域にも目をつけていた。他の候補者は政治家出身の大統領候補であるため、自らの信念を変えることなど容易にはできない。もし、信念を変えることなどあれば、今まで支持してきた有権者を裏切ることになる。そのため、伝統的に共和党支持が強い赤い州中心とした選挙戦略となった。一方でトランプの場合、民主党支持の多い青い州を票田として目をつけた。彼は政治家でないため自らを支持してくれる有権者を開拓することに戦略を立てることができる。アウトサイダー候補としてのアドバンテージを最大限に生かしたのだ。　

　第二にアメリカ合衆国の大統領を決める本選では相手の弱点を徹底的に研究したことや有権者の声を引き出したことが要因として挙げられる。「アメリカが今まで行ってきた自由貿易（FTA）も、商務省によると2009年から2015年の輸出の伸びは、協定を結んだ国との間で52%、その他の国々との34%より大きい。」このような事実を知らない国民は自由貿易がアメリカドリームを壊した諸悪の根源だと批判している。かつて夫のビルクリントン政権で国務大臣を務めていたヒラリークリントンはアメリカと韓国館でFTAを締結した。また、中国をWHOに加盟させるなど自由貿易政策には積極的に行った実績がある。さらに有権者の声を把握したことに関して、本書では、『支持者の聞きたいことを調べ、限られた時間ないで訴える。「指導者としていうべきこと」よりも「支持者が聞きたがっていること」を話そうという姿勢の表れではないか。顧客サービスのようだ。』という一説がある。トランプが有権者のニーズに応えることに重点を置いていることがわかる。　

　日本においても、暴言を吐きメディアから注目を浴びて旋風を引き起こした男がいた。元大阪市長の橋下徹である。今回彼のことをあげる理由として、著書の「政権奪取論」で提唱している政治マーケティング理論はトランプが2016年大統領選挙で用いた戦略と類似する点が多いことからである。橋下が著書で野党に対し、「政権与党とは違う日本の新しい道という選択肢を有権者に提示する必要がある」としている。その点に関してトランプの選挙戦略が功を奏したのに納得がいく。レーガン以降政治家による政治が続いていた状況であったことから、反エスタブリッシュメントのトランプは多くの国民が待望していたことであろう。政策面においても、人権派からの支持が強い民主党政権が８年も続いたこともあり、人権を無視するような大統領候補の誕生は、かつて政治に不満を抱いていた人々にとっては魅力的であることに違いない。トランプは移民難民政策、通商政策、外交安全保障政策でオバマ政権が行った政治とは逆な政治を有権者に示した。この点から有権者に対して新しい道を示すことに成功したのだと考えられる。このようなことから、実業家として成功したトランプは戦略を組み立てるのに優れていることがわかる。(2087文字)

2018.10